和紙の原料や和紙づくりの工程について、知れば知るほど、和紙のことが好きになる人が多いようです。
というのも、当団体のワークショップ参加者の多くも、最初は和紙への単なる興味関心が、ワークショップ終盤では和紙への愛着のようなものに変化しているからです。
和紙が私たちをひきつける魅力はどこにあるのか、もっとしっかりと確かめたい!という思いから、宮城県在住の作家 浅野友理子さんにお話しを伺いました。
浅野さんは、2021年7月に開催されていた「エマージング・アーティスト展」(東京の銀座 蔦屋書店 GINZA ATRIUM)にて、トロロアオイ畑での種まきを描いた新作を展示していました。
※エマージング・アーティスト展…雑誌『美術⼿帖』の「ニューカマー・アーティスト100」特集で掲載された100組のアーティストのなかから、銀座 蔦屋書店がセレクトしたアーティスト19名を紹介。
和紙作りに必要な植物の種まきから収穫までを見てみたい
東北工芸ことはじめ(以下、ことはじめ):
「こちらの作品は、トロロアオイ畑を描かれていますね。
どうして、描こうと思われたのですか?」
浅野さん:
「今年の春、初めてトロロアオイの種まきに参加しました。
紙すき職人の塚原さんから、工房裏の畑に和紙作りに必要な植物が植えられていると聞いて、種まきから収穫までの作業を1年かけて、ぜひ、みせてもらいたいと思いました。
種まきは植物を育てる一連の作業の中でもはじまりの部分なので、その作業の様子や、これから芽がでてくるという瞬間が好きで、種や種まきの様子はたびたび描いてみたくなります。
畑を耕して、マルチをはって、指で穴をあけて4~5粒の種を落としていくというシンプルな作業でした。
夏に訪れたときには、すっかり大きく成長していて、既に花が満開のトロロアオイもありました。
この作品は、トロロアオイの畑に種が落とされて、並んでいる様子を描いたものです。1枚の絵の中に、その穴がたくさん並んでいて、どこまでも続いていくようなイメージで描いています。どこまでも受け継がれて、続いていくようなイメージです。」
ことはじめ:
「種の穴なのですね。花も咲いていますね。」
浅野さん:
「種は少しずつ成長して、花になっている部分もあります。普段から1つの画面の中で、様々な成長過程を描くことが多いです。」
ことはじめ:
「そうなのですね。確かに、よく見ると、双葉が出ている穴もありますね。」
浅野さん:
「はい。他にも、人の存在を感じていただきたくて、ひっそりと作業中の手も描いています。ところどころに種を落とす手、水やり用のじょうろなども描いています。」
ことはじめ:
人の手はどこだろう、じょうろは?と、ついつい見つけたくなりますね。
工房の畑で和紙の原料を育てながら季節の山菜や野草を採って楽しむ
浅野さんが「手すき和紙工房 潮紙」をはじめて訪れたのは、潮紙で作られている和紙を扉紙に使用した版画集を作ったことがきっかけとのこと。
版画集の装丁をお願いした仙台在住のデザイナー 伊藤裕さんから、せっかくなら身近な素材を版画集の中にも使えたらいいのでは?との提案があり、塚原さんを紹介されました。
浅野さん:
「初めて潮紙を訪れた時は、ちょうど、トロロアオイの花が満開で、隣にはコウゾも植えてありました。紙すき職人さんの畑、という感じがしてとても良かったです。
必要な材料は裏庭で育てながら調達されているところが良いなと思いました。
笹谷の工房周辺の自然環境も気持ちが良くて、山菜や野草などが豊かに生えていて、工房に通いながら季節の変化を楽しまれている印象を受けました。もちろん冬は雪が大変だと思いますが・・・・。」
ことはじめ:
「山菜採りなんかもされたのですか?」
浅野さん:
「種まきで訪れた時、ちょうど、コゴミとウドがたくさん出ていて、みんなで山菜採りをしたことも印象に残っています。
ヨモギは、和菓子屋さんが採りにくるほど質の良いものが生えていると聞いて、私も摘んで帰って、ヨモギ餅にして食べました。
トロロアオイも食べることができると聞いて、花を天ぷらとサラダに使ってみたら、オクラのようなねばねば感がありました。
水をひいているので、和紙作りに適した場所だともお聞きしました。
本当に良い環境だなと思います。」
試行錯誤されている感じが周囲に伝わる
浅野さんは、塚原さんからお仕事についての話を聞かれた際、印象に残っていることがあると言います。それは、地元のワインのラベルに使用された和紙や、鉱物を練り込んだ和紙などを見て、依頼された方との丁寧なやりとりや試行錯誤されている感じが伝わってきたこと。是非ご一緒してみたいと思ったそうです。
浅野さん:
「本に使わせていただいた鶉紙も魅力的です。白い和紙とはまた違う風合いがあります。
ふつうなら捨ててしまうものに新しい価値を見出して使用されていて、自分が作ろうとしていた本とも相性が良いなと思って使わせてもらいました。
コウゾの皮むきのお手伝いにも参加させてもらったこともあります。
作業自体も楽しかったですし、いつも手伝いに来られている方々との出会いも嬉しかったです。
塚原さんのまわりにはいろいろな方が集まってこられていて、そうしたところからまた繋がりが生まれていく感じがします。
畑で植物を育てるところから、和紙を作るまでの作業工程をみせていただけるのがありがたくて、通わせてもらっています。
和紙はこれまでも作品制作で使用していて、自分の使っている素材について知っていくことも楽しいなと思っています。
本の扉紙以外にも、塚原さんの和紙を使用してみたいです。あるいはいつか自分ですいた和紙を使って何か作っていけたらと考え中です。」
淡い黄色い和紙に刷られたトロロアオイの花
ことはじめ:
「私たちが、潮紙での種まきに参加した際、お土産としてトロロアオイの種をいただいたのですが、種の袋には、淡い黄色い和紙が入っていて、その和紙には、トロロアオイの花の版画が刷られていました。版画は浅野さんが作成されたものだと伺いました。」
浅野さん:
「塚原さんが、お世話になった方に配られているそうで、そこに添える紙に押す版画を作成しました。
種を誰かにプレゼントするのって素敵だと思います。
私は、訪れた先で、種や苗をいただいて帰ることがあります。うまく育たないこともあったり枯らしてしまったり、育てるのは大変なのですが、嬉しくていただいてきてしまいます。
こうしたコラボのようなことも、またできたら嬉しいです。」
浅野さんの話を伺っていると、トロロアオイの花の版画が刷られた和紙には、「手すき和紙工房 潮紙」の畑、周辺の散策路、野草や山菜、水、風景、そういった“笹谷の空気”がまるごとつまっているように感じました。
和紙のことを知識として知るだけではなく、笹谷を訪れて、工房や畑で塚原さんの話を聞いたり、見て触れて感じたり、工房周辺の木々や葉っぱを拾ったり、周辺の山の景色を見たり、笹谷の空気と水に触れる体験全てが、和紙への愛着のようなものを生み出していると言えそうです。
そして、「手すき和紙工房 潮紙」での体験が、トロロアオイ畑を描いた作品を生み、さらに、和紙を使った作品づくりをしてみたい!という浅野さんの思いにもつながっていると考えると、工房での体験は、日々の暮らしを豊かにしたり、創造性を刺激する良い作用をもたらしたりするのかもしれません。
●トロロアオイについては、こちらの記事をご覧ください。
参考記事:粘材と水のこと>>
(助成)公益財団法人仙台市市民文化事業団
文・取材 早川昌子
写真 早川欣哉
<プロフィール>
浅野友理子
1990年宮城県生まれ。2015年東北芸術工科大学大学院芸術文化専攻洋画研究領域修了。食文化や植物の利用を切り口に、様々な土地を訪ね、出会った人たちとのエピソードとともに、そこで受け継がれてきたものを記録するように描いている。
2021年9月よりサザンカの絵が宮城県多賀城市の市制施行50周年記念オリジナルフレーム切手に使われ、数量限定で販売されている。
主な個展に「綯い交ぜ」(ビルドスペース、宮城、2021)、グループ展に第8回東山魁夷記念日経日本画大賞展(上野の森美術館、東京、2021)、ウォールアートプロジェクトふくしまin猪苗代(猪苗代町吾妻小学校、福島、2021)、みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ2020(山形、2021)、青森EARTH2019 いのち耕す場所 農業がひらくアートの未来(青森県立美術館、青森、2019)、若手アーティスト支援プログラムVoyage(塩竃市杉村惇美術館、宮城、2016)、たべるとくらす(はじまりの美術館、福島、2016)
「VOCA展2020 現代美術の展望ー新しい平面の作家たち」大原美術館賞受賞。
公式ウェブサイト https://www.asanoyuriko.com/